一章 猫かぶり王子と悪い魔女志望 4


 夕食を迎え、イヴは簡単に二人前をこさえて王子と向かい合って食事を進めた。その間イヴは一言も口を聞かなかった。
 食事を終えると、王子を台所に残したまま二階の寝室に篭った。
 イヴは寝室に鍵をかけ、魔法全集十六巻セットを一巻から凄い速さで目を通し始めた。
「き、記憶を消す魔法……記憶を無くす魔法……あたし、このままじゃ王子様に流されっぱなしになっちゃう」
 しばらくの間、その台詞を何度も呟きながらイヴは本に目を通していた。
 しかし、十一巻目に入ったとき、眠さが襲ってきたようだ。伸びを一つすると、パジャマに着替えてベッドに横になった。
「明日の朝早く起きて考えよ。なんか、眠い……」
 そう呟いてベッドに横になった。ところが、目は重く閉じてしまうのだが、神経は起きていた。頭の片隅でおかしい、と思いつつ耳にカチャリと扉が開く音がした。身を起そうとするが、動かない。
 そのうちに、ギシリと床を踏み締める音が近くで聞こえてきた。
「だれ……」
 イヴはかすれる声で、虚空に向かって問い尋ねた。
「俺、だよ」
 イヴの言葉に、返事があった。
「王子様……まだ、起きて……」
 なんとか身を起そうとするが、やはり体に力は入らなかった。
 王子の手は、イヴの体をパジャマの上からゆっくりと撫でる。その感覚を、イヴは確かに感じていた。けれど、重たく閉じようとするまぶたと、身動きができない体。
「体が……動かない……何を、したの」
 本来なら、もっと威勢良く言っていることだろう。しかし、今はゆっくりとした言葉しか出てこなかった。
 それに対して、王子は何も答えなかった。
「やめて! あたしはそう言う事は十八って決めてるのっ!」
 イヴが怒鳴ると、体フッと楽になり、動くようになった。だが、体の上に王子が居るため、起き上がることができなかった。王子はイヴに体を密着させたまま、耳元で囁いた。
「はいはい、わかりましたよ。でも、俺は二年も待てない」
「もう! 知らないってば! そんなどうでもいい王子様の都合なんて――どうでもいいけど、重いっ」
 イヴは鋭く睨みつけると、王子の体を押し返した。王子はその手を止め、にこりと微笑んだ。
「じゃ、逆になろっか」
 王子はイヴの首と腰に手をまわすと、横に回転した。
「柔らかーい。でももうちょっと胸が欲しいかなー」
 王子の要望を耳にして、イヴの顔色が少し変わった。
「だったら触らないでよっ」
「それとこれとは別。まま、リラックスしてよ」
 そう王子は言うが、人の体の上でくつろぐのは難しい。慣れていない者にとってはなおさらのこと。
 イヴは猫のように頭を撫でられつつ、不機嫌な表情を浮かべていた。  しばらく経って、イヴはそろそろ文句の一つでも言おうと、手に力を込めた。その瞬間、耳元で王子の呟くような声が聞こえた。
「ずっと一人で、寂しくなかった? 魔女は独立させられるのは十二の時だと聞くからね。でも、これからはずっと俺が一緒にいてあげるよ」
 キザな台詞に、イヴの顔が一気に高揚してゆく。
「そんな事言ったって、なにもさせませんからねっ! って、寝てるし!」
 王子は、イヴを上に乗せたまま眠っていた。その器用で少し異常な神経に、イヴは少し感心しながらも呟いた。
「なによぅ、乙女心をくすぐってぇ。本気にしたらどうするのよ」
 熱くなった顔を仰ぎつつ、イヴは起きあがった。そして枕を片手に部屋を出て行く。
 部屋を出る間際、イヴは振りかえって憎々しげに舌を見せた。
 部屋を出ると、向かい側にある客室のベッドに潜りこんだ。それから眠りにつく間、イヴはずっと「王子様がさっさと居なくなりますように」と祈りつづけていた。



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