3 鑑定 2


 大扉は、天井から広がる布によって半分覆われていた。ラスリスが近づくと、布の端を持っている男二人が大扉を開けた。
 中は薄暗く、煙で小さな明かりがぼんやりと霞んで見えていた。
 ラスリスは手で仰ぎながら、奥へと進んだ。暗闇と天井から下がる布とで、辺りはよく分からない。ただ、目の隅に抱きあう人影を時折捕らえることが出来た。
「素敵にいかがわしいところだな」
 サファルの嘲笑したような声に、ラスリスは無愛想に答えた。
「へぇ、似通った所に来ているのね」
 サファルは首を振り、言った。
「いいや。もう少し女が上等だ」
 その答えに、ラスリスはサファルの鎖を力強く引っ張った。そのどさくさに紛れ、サファルはラスリスの胸を触る。と言うより握る。
 ラスリスは肘をサファルの腹部に入れると、鼻息荒く歩き出した。
 部屋の一番奥――テーブルの上に置かれた香炉から濃い煙が立ち登っている。
「俺に鑑定依頼だって?」
 傍らにいる女性の髪をなでながら、男が言った。年は三十代半ばと言ったところか。褐色の肌にあせた金髪。少し開いた胸に光る金のネックレスが権力とやらしさを感じさせる。
「どれ? モノによってはすぐにでも買い取ってやる」
 ラスリスは少し戸惑った後、男の左右に入る女性を何度か目を往復させて見つめる。
「どうやら人払いしてでも見せたい品か。ちょっと外してくれ」
 男が言うと、両脇にいた女性は立ちあがり、周囲を布で覆って立ち去った。
「そう言えば、俺の名前を知ってるか? この辺りじゃ見ない顔だからな、アンタ」
 男の唐突の質問に、ラスリスは口篭った。
「レッフォート。覚えておけよ、チェリス嬢の口ききじゃなかったら鑑定なんかしなかったからな」
 レッフォートは気分を害した様子も見せず、ラスリスを招き寄せた。近くに寄ったラスリスの腕を引き、強引に隣に座らせた。そして、人差し指と中指をラスリスの太ももに滑らせる。
「俺の鑑定料、高いぜ……」
 ラスリスとサファルのこめかみが同時にピクリと動いた。
「帰る。チィちゃんには悪いけど、お金持ってないから」
 ラスリスはレッフォートの手を振り払うように立ちあがった。だが、瞬時に元の場所へと座らせられた。
「まま、チェリスの顔なじみだ、安くしておくさ」
 そう言って、ラスリスの首筋を触った。その手を、ラスリスの目の前へと持ってきた。シャラリ、と軽い音を立ててネックレスが一つレッフォートの手の合間からこぼれた。
「これぐらいにしておこうか。さて、本題だ。モノは彫刻か、宝飾品か? いや、石か」
 レッフォートはネックレスを目の前に近づけながら言った。ラスリスは、忘れていたのを思い出したように手に握っていた鎖を引っ張った。そして、サファルの服の裾をめくり上げた。
「これ」
 ラスリスはサファルの胸の宝石を指差して言った。
 サファルとレッフォートの視線が交差し、固まった。
「奴隷か? それにしてはずいぶんと艶やかな肌だな。買っても良いぞ」
「お断りだ」
 レッフォートの言葉に、サファルは即座に答えた。
「それで、これはなんだ」
 今度はサファルが質問を繰り出した。面倒なのか、サファルは上着を脱いだ。レッフォートはテーブルの上に無造作に置かれていたガラスの筒を取った。そして、その筒をサファルの宝石の上にかぶせる。
「だめだ、見えねぇよ。体は光を通さないからな、石が透けねぇ。なんか良い手はねぇのか?」
 ラスリスは眉を寄せた後、言った。
「ここでないところなら……」
「俺は構わない」
「あたしが気にするのッ!」
 サファルとラスリスは短く喧嘩すると、同時にレッフォートを見た。
「しかたねぇな、珍しいブツを持ってきたからな。詳しく話しを聞くのも兼ねて」
 レッフォートは立ちあがると、天井から下がっている布を払いのけた。
 払いのけた布の裏には、壁と同じ作りの扉があった。
 ふと、降りかえってレッフォートが言った。
「俺の寝室にしようか? 二人まとめて面倒見るぞ」
「あんた、両方食うのか……」
 サファルはため息をつくと、レッフォートの開けた扉に入った。
「まぁな、綺麗なものには些細な差は気にしないんでね」
 レッフォートはラスリスにやらしい笑いを向けると、中へと導いた。

 中に入ったラスリスは、ため息をついた。
「流石だな、盗賊のトップに立つだけはある」
 部屋の両脇には、大量の美術品が無造作に置かれ、一部山になっていた。
「なに、ほとんどが鑑定を依頼されたものだ。そのうち俺のものになるとは思うが」
 レッフォートはそう言って部屋の奥へと向かった。そして、唯一値打ちのなさそうな古いテーブルに手をついた。
 テーブルの上には、幾つかの宝石と鑑定に使うと思われる物が幾つか乗っていた。
「表面を見る限り普通の石だと思うんだが、もう少し奥の方が気になるな。この呪術はどこで?」
 レッフォートは言いながら床に詰まれている本を何冊かテーブルの上に乗せた。
 サファルは首を横に振って答えた。
「人の施した術ではないと思う。持っていると危険が訪れる、と言う呪われた宝石は確かに実在するが、解けないことはない。だが、これは人に寄生しているな。で、さっき言っていた石の全体像を見る方法っていうのは?」
 ラスリスは、黙ったままサファルの背後に回った。
「えっちすると光るとかか?」
「違うッ」
 顔を真っ赤にしてラスリスは怒鳴った。
「たぶんそれでも光るとは思うが」
 サファルはラスリスを無視し、手を自分の胸に触れさせた。宝石から淡い光が漏れだす。
「へぇ、本当に光るんだ」
 レッフォートは手袋をはめ、サファルの体に触れた。そしてガラスの筒で石を覗きこんだ。
 レッフォートが黙りこんだまま石を見つめること、数分。
「なるほど。こりゃめずらしい」
 レッフォートは本を一つ手に取った。かなりボロボロで朽果てる一歩手前。そして慎重に表紙を開くと、索引を指でなぞって目的のページを開いた。
「この本はおよそ五百年前に書かれたとされているんだが、書き手ならまだ実在しているだろう」
「なぜ?」
 ラスリスの問いに、レッフォートは答えた。
「書いたのがエルフだからな。ところで、ラスリスって言うのか? チェリスからそう聞いてるが」
 そう言うが早いか、レッフォートはラスリスを引き寄せた。そして、ひょいと胸を覗きこんだ。
「へぇ、胸がでかな」
 ラスリスは思わずレッフォートに拳を叩きつけた。
「別に怒ることじゃないだろ、いいことだ。本によるとな、石を持つもの同士が触れると光るんだな。まぁ、なんて言うか、お前らはラッキーだよな。そいつはドラゴンズジュエルと呼ばれるもんでさ。持ち主に幸運と力を呼びこむ代物だ」
 レッフォートは腹に拳を食らって咳込みながらも、ラスリスの腕を掴んで離さなかった。更に、サファルの首から伸びている鎖を掴んでいた。
 サファルは掴まれた鎖を左手で握ると言った。
「なぜドラゴンズジュエルと呼ばれる」
 レッフォートは口を歪ませて笑うと、鎖をラスリスを捕まえている左手に持ち変えた。空いた右手を、テーブルの上に置かれているナイフへと伸ばしていた。
「仮説のいくつかを教えてやろう。ま、冥土の土産とでも思って聞いてくれ」
 レッフォートの右手は、徐々にラスリスの首筋へと伸びてゆく。
「一つ。ドラゴンの心臓を加工したもの。一つ、ドラゴンの額もしくは体内に有ると言われている石。一つ、神々が作りだした石。まぁ、エルフ辺りが作り出したとしか思えない。この本を書いたのもエルフだし、人間が作りだしたのであれば、もっと簡単に石の素性が分かるからな」
 レッフォートはラスリスの首にナイフを当てた。プツリと音がして、血の球が出来た。それはみるみる大きくなって、流れ落ちた。
「この石の神秘的なところは、人間には必ず取り付くこと。それが人間以外の物だっていう証拠その二になるんだろうな」
 ラスリスは少し血の気のない表情を浮かべ、かすれた声で言った。
「それで……石を取り外す方法は?」
 質問したラスリスの額から汗がにじみ出てきた。
 サファルは鎖に力を入れながら言った。
「殺さすのが手っ取り早い、そうだろ」
「たぶんな」
 レッフォートは言いながらラスリスの首に更にナイフを押しつけた。
「万が一も考えてな、殺すのは一人だけにしようと思うんだな。破損したり消えちまったら困る」
 サファルは鼻で笑った。
「なるほどね。やっぱりこの石は呪いだな。解ける事のない呪い」
 サファルが言い終わった瞬間、空気が揺らめいた。
「“ファイア“」
「ひゃぁっ」
 サファルは静かに呟くのと同時に右手を鎖に当てた。炎は激しく燃えて鎖を伝った。
 炎の勢いに、ラスリスはレッフォートの手を降り解いて座りこんだ。
「くそ、その男魔法が使えんのかッ」
 炎を受けた手を握り、レッフォートはサファルを睨みつけた。
「まぁな。これだけの物を壊すのは気が引けるが、仕方ない」
 サファルの言葉に、レッフォートの動きが一瞬の固まった。
「ラスリス、立てるか?」
 サファルの言葉にラスリスは何度もうなずき、素早く立ちあがってサファルの後に走りこんだ。そして小声で聞く。
「どうするの?」
 サファルは首輪を投げ捨てると、左右の手を上下に重ねた。手を開けた隙間から、何かがうごめいているのが見えた。
 力がサファルの両手を押し開く。
「てめぇ……この部屋で発動させてみろ、殺すぞ」
「物の価値をぞんざいに奴に言われたくないな」
 サファルの手の合間から風が渦巻いているのが見て取れた。手からこぼれる風に、周りが変化を見せ始めた。無造作に置かれている小物がカタカタと音を立てる。
「“ワイルド・ウィンド”」
 サファルは手の中で渦巻く風を床に叩きつけた。
 激しい風が巻き起こり、周囲にあった物が一気に巻き上げられ、飛び交う。
 音を聞きつけて、中に数名入ってきた。逃げ道を見つけた風は一気にそこ目指す。
「風に乗るぞ」
 ラスリスは体を抱えられ、目を大きくしていた。だが、異論を言う前に体は浮き上がり、暗い場所を突き抜けていた。ふと後を見ると、白い布が大きく舞い踊っていた。先ほどの煙に満ちた部屋だったのだろう。今は煙は吹き飛んでしまったのか、何もない。
 サファルは大きな扉を蹴り開けた。最初から異変に気づいていたのか、それとも乱暴に開いた扉に驚いたのか。その場にいた全員が同時にラスリスとサファルを見た。
 ラスリスはサファルを小突き、囁いた。
「もうちょっと静かに行動できないの?」
 サファルは「悪かったな」と呟くと、ラスリスの手を握って走り出した。
 二人はざわめく人垣をかき分け、外へと飛びだした――




[PR]動画