3 鑑定 1

 それから一日が経った頃、チェリスが宿に再び姿を現した。
「やっほ、ここのボスが鑑定するって。でも、夜にしかここに遊びに来ないから、待ち合わせは11時過ぎね。ラスりんならカジノって言えばどこにあるか分かるよね」
 チェリスはそう言って、ラスリスにリンゴを一つ渡した。
「ちゃんとリンゴは毎日食べようね。薬だと思ってね。はい、お坊ちゃまも」
 チェリスはサファルにもリンゴを渡すと、「じゃあねー」と手短に帰ってしまった。ラスリスはリンゴを掌で包み込むようにして転がすと、サファルを見た。
「サファルって、ホント懲りないよね。もうしばらくそのままで居てね」
 そう言われたサファルは、両手を縛りつけられていた。
「だから、もうしないと」
 サファルは両手をラスリスに向ける。ラスリスは鋭く睨むと、人差し指をサファルの額に突きつけた。
「そう言って何度したっ!」
 ラスリスは突きつけた指を軽く折り曲げ、弾いた。
「仕方ないだろう、俺は若い。だから、時折本能が働いているんだ」
 また、何度かラスリスを襲おうとしたらしい。そのため、両手を縛られているようだ。
 開き直った言い訳に、ラスリスはため息混じりに言った。
「本物のバカだよね、サファルって」
 ラスリスはサファルの縄を解くと、タオルを投げつけた。
「チィちゃんから聞いたでしょ、夜には出かけるから用意しておいて。一時間で戻ってくるから」
「なんだ、俺の裸を見ていかないのか」
 サファルがそう言った時、パカーンと音がして額に軽い衝撃が加わった。次いで、床に何かが転がる音が耳に響いてきた。
「石鹸?」
 サファルが床に散らばったものを確認している間に、ラスリスは部屋を出て行った。サファルは床に散らばった石鹸とケースをまとめると、タオルを肩にかけてシャワールームに入った。シャワールームから服が投げだされ、バサバサと音がする。出入り口近くに服の山を作り、後ほどラスリスに怒鳴られるハメになった。

 ラスリスはサファルを連れ、夜の街へと出た。なんとなくの悪人面から、生粋な悪人面、顔はそうでもないが身なりがギャンブラーなど多々に渡る人々が溢れていた。
「なかなか盛況だな、夜なのに」
「夜だから盛況なのよ。元々サファルとは住む世界がちょっと違うからねー」
 ラスリスはそう言いながら、サファルの首から伸びている鎖を引っ張った。
「俺は見世物か」
 ちょっとした不満を口にしながら、サファルは鎖を引っ張り返した。急に引っ張られ、よろけたラスリスだか、負けじと鎖を引っ張り返す。
「間違ってないでしょっ」
 互いに鎖を握りしめたまま、道の中ほどで睨みあう。
「それに、サファルがそう偉そうにしていたらまずいでしょ。身なりがね、ナイツっぽいのよ」
 確かにサファルの服装は少し浮いていた。黒のパンツに黒のシャツ。確かに黒をまとう盗賊は多いのだが、サファルの格好は盗賊からして見ればシンプル過ぎる。盗賊たる者、商売道具を必ず身に付けている。腰には鍵開け道具に、肩からは幾つかの袋が下がっている。服も同じ黒でも少しあせたものが多いのだ。
「まぁ、わざわざ盗賊と同じ服装もする必要もない。例え身なりが同じとて、俺の気品の高さを隠すことはできない」
 少し顔を上に向け、見下したように言うサファル。ラスリスは、肩を落とし、不機嫌そうにあごを突き出した。
「そのいらないプライドはどこから来てるのよ? それに、気品じゃなくてそのガチガチな真面目そうな顔が悪いのっ。こうでもしないと、片っ端から喧嘩売られるわよっ。こらっ、ガン飛ばさない!」
 ラスリスはサファルの鼻に指を突きつけ、次いで弾いた。そして、諦めの悪く抵抗するサファルを引きずってカジノへと向かった。


 カンツでカジノはどこか? と聞かれたら、もっとも人が居る所、と知っているものは答えるだろう。カジノはそんな所だった。くるくると回るドラムの絵をそろえれば店のコインがもらえる、いわゆるスロットや、ポーカーをするテーブルがごちゃごちゃと並べられている。
 カジノの中はごった返していた。ただでさえ整頓されていない店内なのに、そこに居る人の数も尋常ではない。歩くのにも、人をかき分けていかなければならない。奥の方には巨大な球体が設置されており、中でボールが踊っている。かなり露出度の高い服を来ている女性が、中からボールを取りだしては数字を読み上げ、それを聞いて周囲の人々は一喜一憂していた。
 サファルはその状況下で、ラスリスに握られている鎖を引っ張った。そして、耳元で大声で言った。
「うるさいぞ、ここ!」
「文句言わないの。まだ静かな方だと思うよ、本拠地はもっと広くて凄いから。っと、チィちゃんどこだろ。ビンゴの反対側で待っててって言ってたけど」
 ラスリスはそう言って背伸びをし、奥の方を見渡した。巨大球体ビンゴの反対側はバーカウンターになっていた。カウンターにはチェリスらしい背中が見えていた。
 ラスリスは人をかき分け、カウンター付近までたどり着いた。
「チィちゃん!」
 ラスリスはチェリスの肩を掴み、叫んだ。チェリスは手に持っていたグラスを置いて振りかえった。
「ラスりん、ボスが待ってるわよ。あそこの大扉を入って、ずっと奥。多分女が沢山群がっている所にいるのがそうだから」
 チェリスはそう言って、奥にある大きな扉を指差した。
「俺も盗賊のボスになるか」
 ポツリと呟いたサファル。
「それって、女が沢山いるからでしょ」
 ラスリスが呆れたように言うと、サファルは肯いた。
「正直すぎね、お坊ちゃまは」
 チェリスはクスクスと笑うと、新しい酒をバーテンダーに頼んだ。
 ラスリスはサファルの鎖を力いっぱい引っ張ると、大扉へ向けて大股に歩き始めた。





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