3 烙印 2


 シェラハ導師について歩いて数分後、長い廊下を歩きながら、サファルは問いかけられた。
「君の“石と呪い”について調査しているようだね。その報告書も読ませていただいた。実に興味深いものだが――実例も無いのにどうしてこの件を研究しようと思ったのかね。まさか、石を使って呪う、と言う下級民族の言い伝えを研究しているのではあるまい」
「違います。実際に有り得た話であるから、私は調査を続けているのです」
 サファルは冷静に言い返した。シェラハ導師はそれ以上何を言うでもなく、立ち止まった。そして、目的のドアを開けた。
「入りたまえ。私の書斎だ」
「失礼します」
 サファルは頭を軽く下げて部屋の中に入った。
 一緒に部屋に入っていいものかと戸惑うラスリスを、サファルは中に引っ張りこんだ。
 部屋の奥に重厚な作りの机と椅子が据えられている。その椅子に、シェラハ導師は座った。
「まさか、先ほどからお前が連れている女が、その調査の対象か? お前は男子寮内に女性を連れ込んだのかね?」
 いささか刺のある言葉に、サファルは平然と答えた。
「無論、調査対象として、同行願っております。彼女は、つい先日、発掘作業中に呪われたようです」
 シェラハ導師は、机の引出しを開け、中から一まとめにされた用紙を取りだした。察するところ、その用紙の束がサファルが提出した報告書のようだ。
 シェラハ導師は、報告書に目を通しながら、ふと動きを止めた。
「先日、と言ったな。この報告書が私の元に回ってきたのは、結構昔のことだ。他にも調査対象たる人物が居たのかね? その人物はまだ生存しているのかね? 呪い、と言うからには死んでいる可能性もある」
 サファルは、眉間にシワを寄せ、返答を考えているようだ。ラスリスはまったく意味がわからず、ただただシェラハ導師と目が合わぬようにうつむいていた。
 シェラハ導師は、報告書を読みながら、ラスリスに言った。
「名は知らぬが、女性を立たせたままでは失礼に値しますね、どうぞお座りなさい」
「えっ、あっ、失礼しますっ」
 いささかうわずった声でラスリスは言い、机の前に設置されたソファーに座った。すると、目の前にティーセットが現れ、ポットが宙に浮いて勝手にお茶を入れ始めた。
「お茶をどうぞ、レディー。呪われている気分と言うのは、どのような感じがするのですかな」
 シェラハ導師は、ラスリスにそう言って優しく微笑んだ。その穏やかな笑みに、ラスリスの肩から少し力が抜けた。
「あ、ありがとうございますっ。お気使い無くっ」  やはり少し焦りがあるのか、ラスリスは勢い良く答えた。そして、立ったままのサファルの服の端を軽く引っ張った。
「さ、サファル……」
 サファルはため息をつき、言った。
「シェラハ導師、私がその実例の一人でもあるのです」
 一時前までにこやかだったシェラハ導師の表情が、一瞬にして堅くなった。
 シェラハ導師は報告書の端を無意味に整えると、脇に置き、胸の前で手を組んだ。
「石、とあるが、実際のところは宝石なのだろう? 遠まわしに透明な石、と記されているがね。その石はどこで手に入れたものだ? よもやアーツェン家の物とは言いだすまい」
 サファルは、しばし黙した後、答えた。
「これは一年ほど前、発掘調査に入った際に、発見した部屋にて手に入れたものです。しかし、その部屋は再度見て回った際には忽然と消えておりました」
 シェラは導師は目を細め、サファルを見つめていた。サファルの言葉の先を求めているようにも見えた。
「そして、その石は、私が手に取った途端、体に悪寒を残し、忽然と消えておりました。それは報告書にも書いた通りです」
 サファルはそう言って、机の上に置かれた報告書に目線を投げかけた。
「その石は、今どこに? 呪われた、と言い切るのならば、体のどこかにあるのだろう」
 間が、あった。
 サファルは一度ラスリスに目をやった。ラスリスはそれをにらみ返した。
 その一瞬の間に「私は脱がないからねっ」とラスリスは心の中で何度も叫んでいた。サファルはそのことに気づいているのか、軽く息を吐くと、シェラハ導師に言った。
「お見せできればよろしいのですが、どうしますか?」
 サファルの言葉に、シェラハ導師は目を細め、眉間にしわを寄せた。
「可能であれば」
 シェラハ導師とサファルはしばらく沈黙を保った。サファルは「わかりました」と呟くように言うと、着ていた服の裾に手をかけた。そして、一気に服を脱いだ。
 サファルの胸には、相変わらず宝石が埋まっていた。美しさと、少しの醜さを感じる宝石と、サファルの肉体。
 シェラハ導師は立ちあがってサファルに近づくと、その宝石をのぞきこんだ。しばらく眼鏡の奥から宝石を見つめるだけだったが、ふと右の人差し指を軽く曲げた。そして、サファルの胸の宝石をコツコツと叩いた。サファルはピクリと眉を吊り上げた。
「痛むのかね?」
 シェラハ導師はメガネの上部の隙間からサファルの表情を見上げた。
「いいえ」
「彼女にも同じ物が?」
 サファルはその答えにしばし戸惑った。
「色は違うようですが、ほぼ同じ物と見て間違いないかと思います。私は直接見たわけではありませんが」
 さらりと嘘をついたサファルを、ラスリスは睨みつけた。そして、声を出さずに「ウソツキ、ウソツキ……」と連呼していた。
「幾つかの呪いを解く方法は試したのかね。まぁ、試したところで今に至ると言ったところか。それで、その石を自分で取り出そう、と言う気にはならなかったのかね?」
 微かに、シェラハ導師から殺気が感じ取られた。シェラハ導師はサファルの服を取り、渡す。そして、椅子に戻り、机の上にひじを立てて手を組んだ。組んだ手の上にあごを乗せ、服を着るサファルに言った。
「その石は発掘途中で見つけたのならば、ナイツギルドの物だ。報告を怠った罪は重いな」
 服を正すサファルの動きが、一瞬止まった。
「その身、拘束する他ないようですな。その石、相当の価値のあるものだ」
 シェラハ導師の、指が微かに動いた。
「逃げろ、ラスリス」
 サファルは小声で、かつ穏やかに言った。
「へっ」
 聞き返すラスリス。口では驚きながらも体は即座に動いていた。素早くドアに体当たりを食らわすと、廊下に飛び出た。そして、辺りを瞬時に見渡すと、窓に体当たりを食らわせた。
 ガラスの割れる耳ざわりな音が響き渡り、破片がキラキラと光を反射しながら散らばる。
 ラスリスは地面に着地するよりも前ににサファルの背中を見た。
「お前に迷惑をかける気はない。さっさと、行け」
 サファルの体を、水と思わしき物体が覆いはじめていた。サファルが抵抗しないのが、ただシェラハ導師の術に勝てないと悟ってのことなのか、ラスリスを助けようと思ってのことなのか。ラスリスはそれを確かめるよりも前に、その場から逃げ出した――




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