1 呪い 5


 虫の鳴く気配で、ラスリスは頭を覚ました。まだ瞳は開けずに空気の流れをよむ。
 確か、サファルの部屋、ベッドの上……
 それを思い起こしてから目を開け、薄暗い中を横に向いた。机にうつぶせに眠っているサファルがいた。寝ていても生真面目そうな表情をしている。
「黙ってれば、真面目で良い人そうなのに」
「黙ってちゃ男は面白くないだろう」
 サファルは目をつぶったまま答えた。その声にラスリスは驚いて飛び退いた。サファルは目を開けると、ラスリスを見つめる。
「寝てたんじゃなかったの?」
 サファルは大きく伸びながら答える。
「お前が目覚める気配で気がついた」
「そんな繊細神経どこに持ちあわせてたわけ?」
 サファルは首と肩を軽く回しながら立ち上がり、答えた。
「元からだよ。飯でも食うか――っても、お前を連れて歩くわけには行かないんだよな。買って来るから待ってろ」
 サファルはラスリスの頭をなでると、ジャケットを手に部屋を出て行った。再び部屋に取り残されたラスリスは口を尖らせてベッドに座りこんだ。だが、面白くないのか、ふと立ち上がると部屋を漁り始めた。
 机の上に、小さな写真立てがある。明りをつけて覗き込むと、ベッドの上にいる女性が赤子を抱いている。その横には父親らしき姿と、少し顔をそむけているまだ幼いサファルの姿があった。
「小さい時から真面目な顔して……でも違うところを見ているところがサファルよねー」
 クスクスと笑いながら写真立てを小突く。と、その横に立てかけられていた本の列に目をやる。
「何コレ、“うろ覚え魔術書”? 世界でもっとも読まれている、って。こんなふざけた魔術書買うバカ……がここにいたのね」
 ラスリスは複雑そうな笑いをもらした。本を手にとってパラパラとめくってみると、カラー図解つきで、後半にいたっては魔法のアレンジのしかた等も簡単に乗っていた。
「名前はともかく、意外とわかりやすくは書いてあるのね……まさかねぇ」
 ラスリスは本を元に戻すと、椅子に座った。そして身にまとっていた荷物を外す。超圧縮魔法のかかっているカバンが二つ。カバンと言っても、ウェストポーチと言った方がわかりやすいだろうか。それがラスリスの荷物の全てだった。その一つには魔術用具を、もう一つには生活用品と、全財産が入っている。
 中から昨日持ちかえったばかりのお宝数点を取り出す。金のりんごとネックレス二つ。それと宝石が入った布袋が二つ。
「ちょっと持って帰ってくるの多かったかな? でもまぁ、ギルド会費が宝石袋一つぐらいで消えちゃうからなぁ……ネックレスは――細工がちょっとしょぼいかな。ばらして売っちゃおう」
 ラスリスは金品の品定めを始める。
 しばらくしてドアがカチャリと鳴ったところで、ラスリスは慌ててお宝をしまった。
「別に俺は取り上げたりしない」
 サファルはそう言うと、ラスリスを背後から抱きしめた。
「何よ……そのかわり口止め料を払えってこと?」
 下から胸を包みこむ手をつねりながら、ラスリスは言った。
「まぁな。いいだろ、胸ぐらい減るもんじゃなしに」
「だから、それはナイツの威厳を誇る者として邪道なんじゃ?」
 サファルは手をしばし止めていたが、「気にするなよ」と一言、ラスリスのうなじに唇を寄せた。
「誰も俺とヤレなんて言わないから」
「態度が言ってるわよ」
 サファルはバツが悪そうにラスリスから手を引いた。そして、ラスリスに紙袋を渡すとベッドに横になってしまった。
「それ、食えよ。この辺では一番うまい店のだから、味は文句ないと思う」
 サファルは言いながら背を向けた。
「一緒に食べないの?」
 ラスリスの問いに、サファルは答えなかった。
「なによ、拒否られたのがそんなに寂しいの?」
 ラスリスはそう言いながら、サファルの顔をのぞきこみ、口を無理やり開けて中に唐揚げを放りこんだ。サファルは無言で口を動かす。
 ラスリスはため息をつくと、サファルから離れて一人食事を始めた。
「サラダ食べちゃっていいのー?」
 ラスリスの問いに、サファルは寝転がって背を向けたままうなずいた。
「分かりづらいってば」
「お前のためのだ。女はどうして野菜を食いたがる?」
「栄養補給の為に決まってるでしょ。何? サファルって野菜キライなの?」
 サファルは首を横に振った。
「めんどくさい」
「男っぽい答えだね。ほらぁ、一緒に食べようよ」
 ラスリスはサファルを引っ張り起こす。サファルはお腹が空いて来たのか、唐揚げを一つつまみ上げ、口に放り込む。それをオニオンスープで流しこむと、サラダからレタスを一枚奪って食べた。
「よしよし、いい子、いい子。サファルって、案外かわいいとこあるのね」
「どこがだ」
 少しムッとした口調でサファルは言い返した。若干照れているのが、ラスリスには感じられた。ラスリスは笑顔でこう答えた。
「顔と性格以外」
「それって、どこだ」
 サファルは少し悲しそうな顔になった。その表情が初めて見るものだったのか、ラスリスは驚いて目を丸くする。
「へぇ、サファルって無表情と悲しい顔の二つができるのかー」
「それは嫌味か」
 サファルは不機嫌そうに眉間にシワを寄せ、ロールパンを頬張る。ラスリスは笑いをこぼすと、黙ってサラダを頬張った。



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