1 呪い 4


 首都イエンガは、なかなか盛況な町だった。それもそのはず、ニーク国の幾つかの街道が交わるところに存在する町だからだ。派手な民族衣装のいでたちの者がいれば、質素な旅支度をした者などと、様々な旅行者を目にすることができる。町に並ぶ店や市場も、色々な国や部族のものがある。サファルが大通りを歩くものだから、ラスリスは少し目移りしながら歩いていた。
 ラスリスはサファルの目を盗んで、こっそりと食べ物を買っていた。サファルが転送屋に到着して、ラスリスを振り帰った時には、口一杯にりんごをほおばっていた。
「お前……俺の分は?」
「知らない。ちゃんと買ったからね、これは」
 ラスリスはそう言って、サファルにりんごの芯を投げつけた。サファルはそれを受け止め、小さな炎で芯を焼き尽くすと、灰を床に投げ捨てた。
「可愛くない女だな」
「うるさいな。アンタに可愛くない呼ばわりされて、嬉しいわよ」
 ラスリスは微笑みを浮かべ、サファルの脇腹をどついた。サファルは眉間にシワを寄せ、複雑そうな表情を浮かべる。ラスリスはため息を付いてサファルに自分の首から下がっている鎖を握らせる。そして耳元で小声で囁いた。
「一応、護送してるんでしょ? それなりに芝居しなくていいの?」
「ん、あ、ああ、そうだな。確かに転送屋はナイツギルドがやっているからな」
 サファルは中途半端に返事を返し、受け付けへと歩み寄る。サファルは襟元から何かを引っ張り出し、受付に提出している。十センチ程度の滴型の透明な石。青紫がかった色をしており、なかなか涼やかな石だった。
 案内にいた男は石を受け取ると、滴型のくぼみがある魔法具にはめ込んだ。魔法具の目の前にある水晶が淡く光りを放つ。どうやら滴型の石はサファルの身分を示すものらしい。
「ご利用目的は?」
 案内の男にそう訪われ、サファルはラスリスの鎖を引っ張って答えた。
「盗賊の護送だ。重要参考人だ」
 案内の男は、ラスリスを見もせずに「わかりました」と言うと、サファルに石を返した。
「6番ゲートを利用してください。そこの階段を二階に上がって一番奥の部屋です」
 男は階段の方を指差すと、サファルを追いやった。それもそのはず、転送屋の忙しい時間帯に入ったのか、後ろに列ができ始めていたからだ。
 ラスリスは階段を上りながら、サファルにたずねた。
「そう言えば、普通の客からは転送料取るの? いくらぐらい?」
「そうだな、距離によって転送料は違ってくるが……大体1キロ10メナ(1メナ=300円)ぐらいだと聞いたことがある。一番近い町で3キロ強離れているから、実際のところは最低30メナはかかるだろ」
「ちょっと高いなー」
 そうぼやくラスリスを無視して、サファルは先に階段を上りきり、部屋の前まで行く。慌ててラスリスは後を追いかける。
「あのさー、一応仕事しようよ、サファル。女のエスコート一つできなくてどうするのよ」
「犯罪者には必要ないだろう」
 サファルの一言が、ラスリスを怒らせた。ラスリスはかかとでサファルの足を踏みつけた。少し尖ったヒールが足の甲に刺さり、サファルは悶絶する。
「アタシは呪いなんか解けなくてもかまわないと思ってるんだから。別に体の外に宝石が出てるわけじゃないし。そりゃ、この宝石売ったらいい値にはなるとは思うけどさ。そもそも、盗賊盗賊って言うけど、半分はトレジャーハンターでもあるんだからねっ」
「悪かった」
 サファルは、簡単に頭を下げた。そして、身を起こして手を差し出す。ラスリスはその手に自分の手を重ね、サファルに導かれるようにして6番と言う札の下がるドアをくぐった。
 部屋の中では、四人の術者おり、それぞれ互いを見つめるような形で立っている。部屋の床には魔法陣が書かれていた。
「本部まで頼む」
 サファルは四人の術者の内、一番ドアの近くにいた者にそう言ってラスリスと共に魔法陣の中央に立つ。
 四人が同時に手をかざし、魔法陣が強く光った。サファルが耳元ポツリと言った。
「目を開けておくと、面白いぞ。人が不細工に見える」
 ラスリスは言われた通り、目を開けてみた。ぐんにゃりと曲がる風景に、ラスリスは気分が悪くなった。
「あんたねぇ……」
「酔ったのか? それは悪かった」
 サファルはラスリスの手を引き、部屋から出た。部屋の外の廊下は大理石であり、歩くたびにカツコツと音がする。その音が頭に響くのか、ラスリスの歩調が遅くなる。
「酷い酔い様だな」
 サファルはため息をつくと、ラスリスを抱き上げる。
「ちょっと。歩けるわよ」
「お前のモタモタしている歩調に合わせるのがめんどくさい」
 サファルはさっさと歩き、どこをどう歩いたのか、数多くドアが立ち並ぶ廊下へと進んで行った。
「ここどこよ?」
「ギルドの寮だ。俺は寮生なもんでね」
 サファルは滴型の石を再び取り出し、ドアノブの滴型のくぼみに触れさせた。カチッと音がして、ドアが開く。
「勝手に連れこんじゃっていいわけ?」
「問題ない」
 サファルは言うと、ラスリスを降ろしてドアを開き、中へと誘いこんだ。
 部屋の中は、意外とスッキリしていた。木製のベッドと安っぽいデスクが窓際に置かれている。入り口付近にはとても狭いキッチンがあり、どう見ても使われた形跡がない。
 壁には埋め込み型のクローゼットがあり、サファルはそこに荷物を投げ込んだ。
「洗濯物はっ?」
 思わずラスリスは聞いてしまった。
「後で何とかする。具合、悪いんだろ、ベッド使え――そんな顔をしなくても、長期の仕事に出る場合はハウスクリーニング入れてるから、綺麗だ」
「は、ハウスクリーニングっ?!」
 聞きなれない、金のかかりそうな話に、ラスリスは目を大きくしてサファルを見る。
「ギルドの寮だからな。一言言って出ていけば、担当の奴がやってくれる。あいにく俺はその担当にはなれないらしい」
 ラスリスは少し納得した様子で何度かうなずく。
「他にも食堂の料理やら新人教育なんかも担当制でやっているが、俺は外勤に回されることが多い」
 ラスリスは、それについてもなんとなく納得できた。外勤、多分見まわりや、今回みたいな遠征を指しているのだろうが、人の為に何かをするのが極端に苦手そうなサファルを見ていればわかることなのだろう。
 ラスリスは自分の荷物を床に置くと、綺麗にベッドメイクされているサファルのベッドに横になった。まだ少し頭がクラクラしている。軽く目を閉じていると、サファルの手が伸びてきて、ラスリスの首に触れた。
「何か用?」
「いや、首輪を外してやろうかと思っただけだ」
 カチャリと音がして、首輪が外された。サファルは首輪をデスクの上に置くと、ソフトレザーのアーマーを脱ぎ始めた。
 黒の長袖のシャツに、黒のスラックスに着替えると、一段と端正な顔が引き締まって見える。
「寮生、ってことは家族はどうしてるの?」
 ラスリスは唐突にサファルに質問を投げかけた。
「母は病でものすごく昔に死んだ。妹がいたが、彼女も生まれてしばらくして死んだよ。父がまだ生きているが、なかなか俺とは気が合わないらしくて、こんなところに俺は投げ込まれた。もう10年以上も昔の事だ」
「ご、ごめん……」
 無表情で言うサファルではあったが、何か心に刺さるものがあって、ラスリスは謝った。
「別に昔のことだ、謝らなくても大丈夫だ。おまえだって両親いないんだろう?」
「まぁね。盗賊の血筋なんてみんなそんなもの」
 ラスリスはそう言ってサファルに背を向ける。
「そうか。俺は道師に会う手続きを取りに行って来るが……部屋の外には出るなよ、捕まると面倒だ」
 サファルはそう言い残し、部屋から気配を消した。
「わかってるわよ、そんなことぐらい」
 ラスリスはいないと知りつつも、そう返事をする。
 しばらくして、ラスリスは思いついたように起きあがると、窓を開けた。フワリとカーテンがたなびき、風が中に入りこんできた。再びベッドに戻り、ラスリスは目を閉じた。すでに頭の気分が悪いところは飛んでいたが、爽やかな風が心地よさと眠気を運んできていた。



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