1 呪い 3


 静かになったサファルに抱かれたまま、ラスリスは腰のカバンからベージュの筒を出して命令を吹き込んでから封を開ける。
一瞬だけ小人の姿が見え、すぐに消える。次の瞬間、ドン! と言う大きな音共に、サファルの後方の大地が凹んだ。
そこにダークジィフが足を取られ、デカイ音を立てて街道脇の森に突っ込んだ。が、ダークジィフは一回転した所で、ズズンと言う大きな音を立てて立ちあがった。
「身のこなしもなかなかのものだな」
「感心してないで走りなさいよ。後2箇所ぐらい穴開けといてもらうんだから」
 ラスリスはサファルから跳んで離れると、先を走りだした。
「あんまり街道に穴開けるなよ」
「自分の身が大事なの!」
 そう言ったラスリスに、サファルは先ほどのお返しとばかりに言う。
「自分だって、保身してる」
「アタシの場合は命の危険にさらされてるじゃろがっ! 普通許されますっ。そもそもアタシ一人だったらここまでする必要ないの! 森の中に逃げ込めばいいんだから」
「おや、ありがたいな。一夜を共にした相手を思って一緒に逃げてくれてるのか」
 本心から言ってるのかはわからないが、そんなクサイ台詞をサファルが吐いた。キッと睨みを聞かせながらラスリスは答える。
「気持ち悪いこと言わないでよっ! アンタが死んだら二〜三日目覚めが悪いじゃないのよ!!」
「俺は二日三日で忘れられる男かっ」
 サファルから素早いツッコミがなされるが、ラスリスは無視することにしたようだった。背後で二度ほどボコン、と地面が落ち込む音がしたが、二人はもう振りかえることはなかった。ただひたすらに走る。
だが、その走ることもそうそう長く続くものではない。走っている速度が段々と遅くなり、そのうちに歩きになり、終いには街道の端に座りこんだ。ラスリスは水を一口含むと、風の狼を呼び戻した。
「もう追っては来ていないみたいだけれど……」
「そうだといいがな。それにしても、やはりこの宝石は呪われているようだ。そうでなければ、寒冷地にしかいないモンスターが現れる訳がない」
 サファルの言うことも一理ある。
「他に思い当たること、してるんじゃない? 例えば、その寒冷地に行って女たぶらかしたその呪いとか」
「してない」
 即答が帰ってきた。サファルはラスリスのウォーターボトルを奪って飲むと、更に付け加えた。
「そもそも行ってない。俺は裸で寝れないところは嫌いだ」
「嫌いの論点がずれてるわよ。なに? 普段裸で寝てるわけ!?」
「無論だ」
「きっとその呪いね」
 その話の持っていき方もどうかと思うが。ラスリスは自分のウォーターボトルをサファルから奪い返すと、飲み口を丹念に拭いてからキャップをした。その一連の動作を見つめていたサファルが呟いた。
「俺がそんなに嫌いか」
「わかってるじゃない。ところで、ナイツのギルドってやっぱりまだ遠いの?」
「ああ、この先にあるニークの首都イエンガにギルドの転送屋がいる。そこで転送してもらうから、時間的には遠くはない。距離にしたら厳しいがな」
 サファルはゆっくりと立ちあがり、伸びをしながら歩き出す。
「大丈夫、すぐこんなこと終わる。ナイツギルドのシェラハ導師はなんでも知っている。呪いが解けたら、嫌いなこの俺ともすぐ別れられるさ。後は俺の管轄外で盗賊でもなんでもすればいだろう」
 サファルは目を細め、悲しそうに言った。ちょっとした暗さに、ラスリスは思わずヒいた。
「なによ、暗いわよ、雰囲気がっ。アンタそこまで友達いないわけ?」
「友達か……何年も耳にしていないな、その言葉」
 サファルはそう言ってため息を付く。トボトボと歩くその後ろ姿は、とても情けない。せっかくの男前も、今となっては陰湿な男で被われてしまっている。
「ああもう! うざったいな! アタシが友達になってあげるから! ちょっとは元気出しなさいよ」
 ラスリスはそう言ってサファルの背中を叩いた。途端にサファルが振り返り、ラスリスを抱きしめる。
「アンタっっ! それが友達なくす原因なんじゃないのっ!?」
「しかたないだろう。俺は表情がカタイ分態度で現すんだ」
 どうやら「ありがとう」とでも言いたいのだろう。ラスリスは深呼吸を何度かしてから口を開いた。
「あのさ……もしかして、同性にもこうしてるわけ?」
「ああ」
 そりゃ友達なくすわ。
 ラスリスは、心の中でそうツッこんでいた。
「どうでもいいけど、歩けないからさっさと離れてよ。言いたいことは十分にわかったから」
「いや、腹に触れる胸の脂肪が気持ちいい」
 ラスリスの顔に、怒りが浮かんだ。拳を固めると、サファルの腹部に一発食らわした。「ぐっ」と小さくうめいて、サファルは腹を押さえてその場に座り込んだ。
「脂肪って言うな!」
 ラスリスがそう言ってサファルを振りかえった途端。
 大きな音を立てて、先ほどのダークジィフが降り立った。
「なっ! どっから降って来たのよ、コイツ!!」
「街道を追いかけてきたと考えるのが妥当だろうな」
 サファルの呑気な声が聞こえるが、当の本人はさっさと走りだしている。ラスリスは「やっぱ友達なくすわ」とぼやいて走りだした。ダークジィフは、執拗なまでに2人を追ってくる。
「なんなのよっ!」
 ラスリスはヒステリックに叫んでサファルを通り越した。
「さすが盗賊、足が早いな。そして綺麗だ」
「余計なことは言わなくて言いから! さっさと走りなさいってば!」
 ラスリスはサファルを叱り飛ばす。サファルは「はいはい」と返事をすると、降り返って“BLACK WIND”と唱えた。黒い風がサファルの掌に生まれる。
「何してるの?!」
 立ち止まるサファルを降り返って、ラスリスは叫んだ。後数歩と言うと言う距離にまでダークジィフが迫っている。
だが、サファルは動く様子もなく、風がうごめく右手を見つめている。目の前に来てダークジィフが後ろ足で立ちあがり、巨大な前足を振りかざした。太陽の光りを大きく鋭く尖った爪が反射する。
その瞬間に、サファルは左手を右手の風にあてがった。
「“FIRE”!」
 ブワッ、と音を立てて漆黒の炎が吹き出てダークジィフを直撃した。サファルは素早くその場から退き、ラスリスの手を握って走りだす。
「少しは目くらましと時間稼ぎぐらいにはなるだろう。この距離だ、首都まで転移魔法を使う。俺は目をつぶってしまうから、手を引いて走れ」
 サファルは言いながら目を軽くつぶり、魔法言語を呟きだす。ラスリスは言われた通りサファルの手を引いて走る。少しして詠唱が終わったのか、サファルは足を止めてラスリスを引き寄せた。
 ラスリスは転移する前に見たのは、顔の片側が焼け焦げたダークジィフと、迫る前足だった。
 ラスリスが目をぎゅっとつぶり、再び開けると、目の前は灰色のレンガの壁だった。
「もう大丈夫だ。そんなにしがみつかなくても……肉がいたい」
 サファルの声に、ラスリスは手に力をこめていたのに気づいた。そっと手を離してサファルのシワになった服を地味に引っ張ってシワを伸ばす。
「ここは?」
 ラスリスはサファルから数歩離れ、立っている場所を見まわす。人々の声が一方向から良く聞こえてくる。両側を灰色レンガで囲まれているところを見ると、狭い路地にいることはわかる。
「首都イエンガ。転送屋がいるところだ。これから人ごみを歩くが、スリはするなよ。俺までとばっちりを食うのはごめんだ」
 嫌味を言っているのか、本気で言っているのかはわからないが、ラスリスは思いっきりサファルを睨みつけると、人の声がする方向へと歩き出した。



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