1 呪い 1


 翌朝、同じような宿の部屋にサファルは居た。こちらの部屋はいささか酒くさい。部屋の借主がドーファだったからだろう。
 朝からドーファの部屋をサファルが訪れたようだ。
「まぁいいだろう、ただし逃がすなよ」
 ナイツの制服を中途半端に着たドーファがそう言った。目の前に立ったサファルは頭をさげ、次いで敬礼をした。
「んで、昨日はどうした? でも、欲求不満そうな顔してるな」
「昨日は酒を少々飲まされすぎたせいか、ぐっすりと眠ることができました。これもドーファ殿のおかげです」
 サファルは、ドーファのやらしげな質問をサラリとかわした。そしてさっさと立ち去る。
 部屋の外では、腕を組んで壁に寄りかかるラスリスが居た。
「オッケーでた?」
 サファルは黙ってうなずいた。そして、ラスリスを爪先から胸元まで数度目を反復させて見、最後にラスリスの顔を見つめてぼやいた。
「やっときゃ良かった」
「なによ、それ」
 ラスリスはムスッとした表情になる。
「しょうがないだろ、俺はドスケベなんだから」
 至極真面目に言いきるサファルに、ラスリスは数秒固まった。
「行くぞ」
 サファルの言葉に我に返り、ラスリスは深く深くため息をついた。
「言っていることとやっていること外見とのギャップがありすぎるって人の扱いってムズカシイ……」
 そう言ってラスリスはサファルの後についてゆっくりと歩き始めた。

「んで! いったいどこまで歩かされんのよ、あたしは!」
 ラスリスは街道のド真中で大声を出した。かなり前方を歩いていたサファルが立ち止まり、振りかえる。
「盗賊の癖に体力ないんだな」
 そう吐き捨て、再び歩き始める。
「休憩!」
 ラスリスはサファルの後ろ姿に舌を出して嫌そうな顔をすると、道の脇の木陰に座り込んだ。
 新緑の香りを含んだ空気が鼻を満たし、風が頬を撫でる。
 ラスリスは片目を開けて言った。
「ほんと、イイ天気。お昼寝日和だよね」
   昨日、あまり眠れなかったせいもあるのだろう、数分としないうちにラスリスから軽い寝息が聞こえてきた。
 それから更に数分後、ラスリスは頬にあたる柔らかいものに目を開けた。
「サファル……唇柔らかい――けど、ほんとスケベに容赦ないのね」
「いや、気持ちよさそうに寝ていたから」
 ラスリスは、「それとこれとはどう関係があるの?」と声に出して聞きたかったが、答えられても理解ができないと思い、それ以上何も聞かなかった。
「そんなに疲れているのか? 俺としては急ぎたいのだが」
「じゃあ魔法つかってぱぱーっと……」
「無理」
 即答され、ラスリスは思わずサファルをにらみつけた。
「あれ、異常に疲れるの。距離を縮めてからやらないと。それと、歳幾つ?」
 話が飛躍した。ラスリスは一瞬「は?」と言う顔をしたが、回答を待っているようなので、仕方なく答えた。
「18」
「俺は22。俺の方が年上。俺の言うこと聞いとけっ」
 サファルはそう言うなり、ラスリスの腕を引っ張って起こした。どうやら上下関係にうるさい人柄のようである。
「この先に清水が沸き出てる所があってね。もう少し先で休んでくれるとありがたいんだが?」
「そういうことは先に言ってよね」
 ラスリスはそう言うなりサファルを無視して街道を急ぐ。
 後に残されたサファルは頭を軽く掻くと、ラスリスの後を追ってゆっくりと歩き始めた。
 サファルが言った通り、街道を数分行った先に小さな看板が出ており、そこから獣道が続いている。
 獣道を少し入った所に岩場があり、岩の隙間から水が沸き出ていた。ラスリスはそこに手を伸ばし、水に触れる。
「ちべたっ。ん〜うまいっ」
 片手で水を受け止め、それを口に含む。
「うむーっ、水の契約ここと変えようかなぁ」
 ラスリスは言いながら自分の腰に下がっているウォーターボトルを見つめた。
「ま、いいっか。ん、サファルも来たの?」
 背後から聞こえてくる草を踏みしめる音にそう問いかけた。だが、返ってきたのは唸り声だった。



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