プロローグ


 暗く広い、土壁の通路。天井は木の根が覆い尽くし、さらに下に伸びて通路のほとんどを占領している。その合間を、温かみのある光が揺らめきながら差し込んできた。その光とともに少女の姿が通路に入り込んでくる。
 少女の少し前方には、光を放つ丸い球体が浮かんでいる。どうやら先ほどの光源はこの球体からのもののようだ。
 球体の光に照らしだされた少女の表情からは、嬉しさがこぼれていた。その少女の手には、金のリンゴが握られており、手の中で無造作に鈍い光を放っている。
「へへっ、大量」
 よほどいい物が手に入ったのだろう、少女の口から思わず言葉が出てくる。
 少女はしばらく鼻歌混じりに歩いていたが、「疲れちゃった、きゅーけい」と、ちょうどよく土壁から生えている木の根に座り込んだ。まぁ、少女のはいているブーツからして、疲れるのもうなずける。太股まである長いブーツのカカトは細く尖っている。
 少女はブーツの上から軽くふくらはぎを揉むと、肩から下げていたカバンからウォーターボトルを取り出した。
「ぷはぁーっ、やっぱ天然水はうまい! 無理して契約先変えたかいがあったわ」
 少女はそう言って伸びをしながら上を見上げる。そうしていて約数十秒……その後なにか気づいたような、表情をした。
「おかしいな……この根だけ横から伸びてる」
 言った通り、少女が腰をかけている根だけは真横から生えていた。他の木の根は天井を突き破り、天井にそって生えて壁をつたって床へと伸びている。もしくは天井から垂れ下がる形で伸びているのだが。
「おやおや、これはもしかしてぇー」
 少女が小悪魔的なかわいらしい笑顔を浮かべた。そして腰のポーチから長さ十二〜三センチ程の筒状のものをとりだした。ベージュ色の筒の真中部分には開閉部と思われる一筋の線が入っており、斜めにシールが貼り付けられている。
 シールに細かく書き込まれた魔法文字は、何かが筒の中に封印されていることを物語っている。
 少女は筒を捻るようにしてあけた。もちろん張られていたシールは破れて、中から何かが飛び出た。
 中から出てきたのは、赤ちゃん大の人。とは言えど、その容貌は相当歳をとっているように見える。
「えーと、この木の根の先がどうなっているのか調べて、先がありそうだったらつなげてもらっても良いかしら?」
 少女の言葉に、小さな老人はうなずいて背中に背負っていたハンマーを握った。老人はブンブンとハンマーを振り回しつつ、土壁に吸い込まれるように消えた。
 数秒後。
 ボコン、と言う音と共に、少女は頭から土をかぶった。
 怒ったような、それでいて泣きそうな表情をして少女は立ちすくんだ。
 老人が筒の中に吸い込まれて消えると同時に、少女はため息をつき、土壁にポッカリと空いた穴を見つめた。
「むむーもうちょっと広げてくれてくれればよかったのにぃ……」
 そうぼやいたのも仕方がない。穴は一人なんとか入れる大きさ。が、もしかすると何気に豊満な少女の胸と尻の辺りは突っかかるかも知れない。
 ともかく、少女は穴の向こう側に滑りこんだ。

 穴の中、と言うより土壁の向こう側に広がっていたのは、シンプルな部屋だった。部屋の中は天井が高くて広いせいか空気の淀みはない。はるか上のほうから小さな光が幾筋か差し込んできているのを見て、少女は目の前を浮かんでいた光の玉を捕まえでカバンにしまった。
 部屋の中には、少し変わっていた。
 いくつかの天然石が壁から生まれており、壁には魔術文字が延々と書かれている。
そのほとんどが古代のものと見られる。たとえ少女が魔術文字を習っていたとしても、壁に書かれている文字を解読することはできないだろう。その証拠に、少女は魔術文字にまったく興味を示していなかった。  少女が部屋の中を歩くと、サクサクとした軽い音がする。音の原因は地面に砂が埋め尽くしているからのようだ。
 少女が数歩進むと、上の方から光がさらに数筋差し込んできた。
 光が地面や壁からのぞく天然石にぶつかって、部屋の中を明るく照らしている。天井が少し低くなっている所をくぐると、目の前がまた少し明るくなった。
 天井からは幾筋もの光がさしこみ、その光が一点へと注がれている。
「んん……なんか中央にある?」
 少し目を細め、光が注がれている所へと歩み寄る。
 細く捻れた岩が少女の腹の高さまで伸びている。岩にはいくつもの天然石が顔をのぞかせており、神秘的な造形をしていた。
 その岩の頂上には握り拳大の青い宝石が光を浴びていた。
 少女は、青い宝石を指でなぞりあげた。何かを考え込むように宝石を見つめる。
 と、足に軽い揺れと耳にドサドサと言う音を感じた。少女は素早く宝石を胸の谷間に押し込むと、身構えた。
「あちゃー……もしかして閉じ込められちゃったかな? どうやって帰ろ?」
 あまり緊迫感を持っていないのは、上から注ぐ光があるからかも知れない。が、それも長くは続かなかった。いやな感じの動物の唸る声が聞こえてきたからだ。
「もしかして、崩れたのってあいつのせい?」
 出口の方の灰暗い空間に、赤く光る瞳がいくつも見られる。
「し、しかも出口ないしっ」
 いささか焦りながら少女が言った。
 少女は目だけで上の方を見た。上の方で光がちらつく。太陽光であるとは思われるのだが、古代遺跡とあって、出口があると言う確信はなかった。
 少女は腰のカバンに手をやり、先ほどと同じような筒を3本取り出した。中から小人が出てきた筒をそっと開けて、何かを小声で呟いた。次いでモスグリーンの筒を開けた。風圧と唸り声が筒から出てきた。
 それは灰色の狼。少女の前に四肢を広げて降り立つ。
 少女は最後に水色の筒を開封した。筒を開けた右手に水が絡まり、刃状の形態を成してゆく。
 闇の中から聞こえていた唸りが少し消えて、ザッと言う音共に何かが飛び込んできた。
 少女の狼は喉笛に噛みついてきたものを、胴体を捻ってかわす。少女は狼とは逆の方へと転がり、構えをとる。
 同じ明るさの空間に立ち、ようやく飛び込んできたものが何かがわかった。
 双頭の真っ黒な犬だった。とは言え、通常よりも避けた顎に不気味なほどに白く長く尖った牙を見ると、普通の犬ではないことが良くわかる。それに爪が鋼のような鈍い色を放っていた。
「ひーん、このコ達が犯人だったのね、あの部屋を血で汚したのは」
 半分泣きそうな表情をしながら少女は呟く。双頭の犬は、狼よりは動きの鈍そうな少女の方に狙いを定めたようだった。唸り声と共に少女に食らいつく!
 そこへ狼が体当たりで軌道をずらし、さらに首に噛みついた。少女は揉みあう二匹を神妙な顔で見つめ、じりじりと出口の方へと後退してゆく。
 ガラリと音がして、空気が流れ込んで来た。どうやら先ほどの小人が再び壁に穴を開けたようだ。少女は今度は人が一人出入りできるほどの穴から飛び出た。
「げっ」
 出た途端、少女はものすごく嫌そうな顔をした。カシャカシャと言う軽い金属音を立てて、数人がこちらへと向かってくるではないか。
「やばぁ、ナイツ連中!!」
 少女は筒を取り出し、外に出していた者たちを呼び戻す。同時に出口へと向かって走り出した。
 さっきの魔犬はナイツ達がどうにかしてくれるだろう。それに、ナイツに捕まるのは厄介だった。彼女は盗賊、相手は騎士連盟。最近できたギルドの者達で、盗賊連中が嫌いらしく見つけては捕まえて金品奪っていると言ううわさを聞く。
 少女が走り出した途端、地面が揺れ、ほうこうが聞こえた。魔犬が後を追ってものすごい勢いで飛び出たために、例の壁が崩れたのだろう。  少女は揺れに足元をとられて地面に手をつく。
 魔犬の荒く唸る声がすぐ背後まで迫る。背後を見ることができず、這いずるように起き上がろうとする。
 半分起き上がりかけたところで、腕を強く引かれて起こされた。
「WHITE THUDER」
 少女の横を白い稲妻が走りぬけた。
 少しキンとする耳は、さらに若い男の声を聞いた。
「BLACK Fire」
 少女の背後が熱くなり、魔犬のものと思われる怒り狂った唸り声が聞こえる。少女はさらに腕を強く引き寄せられた。
「もう大丈夫だ」
「ど、ども」
 少女は男の腕から離れようとするが……逆に強く引き寄せられ、さらに抱き上げられた。
「その足では歩くこともままならないはずだ」
 少女が自分の足に目をやると、右足のブーツのすねの辺りが裂けていた。革のブーツだ、それに盗賊のものだから頑丈に作られている。先ほど転んだ時に岩にぶつけたのだろうが、今の状況では傷の様子を見る事ができなかった。
 少女は自分を抱き上げている男を見やった。
 横顔だけではあったが、そのシャープな顎と、端正な目許はなかなか格好の良いものであった。
 と、奥の方からナイツ連中がやってきた。焼け焦げた魔犬を横目に四人ほどのナイツが立ち並ぶ。
「サファル、お前の分は後ほど分けてやる。今はその女狐を連れて先に帰ってろ」
 ナイツの中で一番歳を取っている、隊長らしき男がそう言った。
「わかりました。ドーファ殿もお気をつけて」
 サファルと呼ばれた男はそう言ってかかとを合わせ、頭を下げた。少女を抱き抱えていたため、手の敬礼はできなかったようだ。
 サファルは、他のナイツに背を向けて出口の方へと歩き出した。
「名は」
 感情があまりこもっていないような声色だった。横顔も、声も真面目を思わせるものだった。
「ラスリス……」
「盗賊か?」
 少女ラスリスは黙ってうなずいた。
「でも、ちゃんとギルドに所属してるもん……悪いこともしてないし……」
 ラスリスはそう言ってうつむく。
「わかっている。身分証明書を」
 ラスリスは腰のカバンから、カードを取りだしてサファルに渡した。
 サファルはさっと目を通すと、カードをラスリスに返した。
「ギルド印を見ると、盗賊だな。まぁ、認定レベルから言えば盗賊と言うよりも発掘の手伝いか。魔法は扱えるのか」
 少し尋問じみてきたサファルの問いかけに、ラスリスは首を横に振った。
「わからない。ギルドでは教えてもらっていないから。あたしは孤児だから……お情けでギルドにいるだけ」
 ラスリスは、自分の身分を話してしまったことを少し後悔した。ナイツに素性を明かしすぎてしまったとでも感じたのだろう。
「これ以上は話したくなさげだな。足が痛むようなら、眠っていると良い」
 サファルの優しい声を聞いて、思わずラスリスはうなずいてしまった。目をつぶったラスリスの頬に、冷たい空気が当たった。どうやら遺跡の外に出たようだ。
「もうこんな時間か……」
 サファルはそう呟くと、長々と詠唱を始めた。
「な、なに?」
 ラスリスがたずねるよりも前に、その詠唱が何であるかわかった。
 すでにラスリスとサファルが居る場所が、居酒屋の中だったからである。
 目の前には、先ほどのナイツ連中が、飲み始めていた。
「よぉ、エロサファル。ずいぶんとゆっくり帰ってきたじゃねぇか。そんなにその女の抱き心地が良かったのかよ」
 すでに酔いが回っていると見られるナイツの一人がそう言ってサファルを座らせようとする。
 サファルはそのナイツの腕を軽く払って、ラスリスを近くのカウンター席に座らせた。
「サファルよおー、ちゃんとその女に首輪つけとけよぉ。後でギルドに連れて帰るんだからよ」
 先ほどの隊長らしき男ドーファがそう言ってサファルに黒皮のベルトを渡した。その金具からは鎖が伸びている。
 ラスリスはそれを見て深いため息をついた。そして、一緒に飲めと言われたらどうしようかと考え込んでしまった。
「この子になにか食べ物を。支払いは自分で持ってくれるね? 私にはそんなことができないから」
 サファルにもナイツとしての建前があるのだろう。ラスリスは優しくしてくれたことに関して恩義を感じていたのか、うなずいた。そして、サファルの紳士的な態度に、心を荒げる事はしなかった。



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